宮崎県立日南病院長、柴田紘一郎先生。この方が尋ね求めていた『風に立つライオン』のモデルだった。その頃森下先生(宮崎医科大学生化学第一講座)は日南病院の祭りに行くことにされていたが、私は残念ながら同行できなかった。そこで「学祭に来てください」という内容の手紙を柴田先生に書き、渡していただいた。
森下先生は更に「かすみ」というバーが市内にあるということも教えてくれた。そこはさだファンの間ではとても有名な所らしい。かすみという名のママさんはさだまさしの大ファンで、さだまさし当人も訪れることがあるという。大いに心惹かれ、早速「かすみ」に出かけて行った。
小さな、小さなスタンドバー。壁に所狭しと飾られたさだまさしとの記念写真、無造作に積まれた大量のCDにレコード。名刺代わりのマッチ箱には、相合い傘が踊る。そして、かすみさんは実に魅力的な方だった。「ある日知らない男の人が店の前に立っててね。誰かしらと不審がってたら、さだまさしのファンでホームページ見て来ましたって言うの。もうそれだけでウェルカムよ。実はそれが森下先生だったのよね」
それから二ヶ月ほどたった2月24日、私は再度「かすみ」を訪れた。頬杖をつきながら森下先生遅いですね、という話をしていたその時、扉がキイと音を立てた。「あらぁ〜」とかすみさんは驚いた様子。「この人よ、柴田先生って」無意識のうちに腰が宙に浮き、私の目はその男性に釘付けになった。
続。 ◆次へ
|