野ウサギの姿3 〜小松道俊先生〜

 それはふくろうだった。はっと気づいた時には、診察室の至る所に彼らが見え隠れしていた。
 長野県諏訪市、諏訪豊田診療所の小松道俊先生は、その地域のプライマリー・ケアをお父様の時代から担ってきたベテラン医師である。山間部の無医地区の人々のための診療や往診も行っている。

 喘息の男の子。アブに刺されて足が真っ赤に腫れた救急隊員のお兄さん。足が痛くて治らないと御主人まで連れてやってきたおばあさん。自分の診察はそっちのけで、家族の悩みを打ち明けるお嫁さん。診察中もひっきりなしにかかってくる電話。小松先生は大忙しだ。それでも「じゃあね」と手をふって帰る子供達に飴玉をプレゼントしたり、患者さんの家族の方へ手紙を書いたりと、濃やかな心配りを忘れない。

 「山の中の診療所に案内しますよ」と連れて行ってもらったのは、実に小さくて古くて、小学校の分校のようなところだった。玄関は引き戸だし、待ち合い室は畳、診察室の壁には一世代前の子供達の絵が貼られ、時代の流れに逆らうかのように残っている丸っこい電灯のスイッチ。以前、さだまさしがここに来た時「セットじゃないこんな診療所がまだあったんですね!」と驚きの声を上げたというが、それも至極当然のことである。 「初めは、自分はなんでこんなところで医療やってるんだろうと思っていた。でも今では、僻地医療は僕のライフワークとなっている。自分の体がついていく限り、僕は続けるだろうね」そう言う小松先生の目は、少年のように輝いていた。

 趣味のギター、何度も手を入れて完成させるという絵画、部屋中を飾るふくろうの置き物(小松先生はふくろうを愛している)。別れを惜しみつつ「これ、ライオンの先生にプレゼントしてください」と手渡された八ヶ岳の野ウサギの写真を大事に抱え、私達は帰路に着いた。

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